「どんなんお探しですか」
とショップの兄さんが訊ねてくる。
ストライプが、とか、色の感じはちょっとブルーないしは緑っぽいグレイがいいんだとか、釦は3つが主流なのか、とかいった会話を交わす。
「主流と流行は違いますんでね」
といったアドバイザーがいた。
「細い襟は流行です、これはいつか廃れます。これくらいの普通の襟は主流ですわ、これは廃れることはない」
細いこういった襟をナローラペルっていうんですけど、と彼。
「え? ナロー、…」
「ナローラペル」
ああ、そういうんだ。
というのはジャスト一年前のこと。ほぉ、なるほどね。
今年もバーゲン時期到来。
昨年、その会話を交わしたのはいまだからいえるがINEDだった。とても素敵なスーツがあって(それはナローラペルにあらず)、けれどもそれはバーゲンにかかることなくお見送り。でもその年、ckのスーツを適当な値段で手に入れることが出来たのだった。でへへ。もうひとつ、さるブランドのスーツも購入。その2枚はいまも愛用中。
今年のバーゲンシーズンは何も買わない、買うとすればスーツを一着だけ、というつもりでいた。始まって間のない休日、タブロイドニュースでとびきりイカしたジーンズを見かけたが振り切った。振り切って数日の間は頭のなかから消えなかったがそれでもどうにか、……。ココロのなかで実はまだくすぶってはいるのだが。
数年前にはそういったブランドも着飾ることも自分には無縁の世界だと思っていた。ファッションにこだわるには資格がいる。それには条件がある、と思っていた。実はいまでも思っている。それは二つ。
ひとつは、服負けしない顔であること。
もうひとつは、服負けしない顔ではないが、それでも頓着しないナルシストぶりを発揮出来ること。
後者は、街で見掛ける、不細工だが圧倒的に服装、髪型、身だしなみがイケてて、「あんたの顔で、…」とこちらにいう隙を与えない、徹底して他人なんか関係ないぜっ、という空気を身に纏いそれを完璧なイメージにまで仕上げている人のこと。いるでしょ。ああ、成りきるだけの根性? パワーがなければ駄目だ、と思っているのだ。マジで。
残念なことに僕はそのどちらにも当てはまらないのだが。
ブランドにこだわるようになったそのきっかけを、自分では知っている。
ショーウィンドゥに飾られていたポール・スミスの時計に一目惚れしたのだ。それから。スミスの時計からポール・スミスを知り、しばらくはスミスだけ、もちろんそうおいそれと手の出るブランドではなく、なんかいきなり恋した相手が高嶺の花だったという定番の学園ラブコメみたいな出だし。それからしばらくしてちょっと軽薄で不良っぽいキャサリン・ハムネットにはまる。これもなんか定番の気がする。微妙なこだわりはあって、トルネードマートでは駄目なのだ(笑) なんか似てない?
別に気取るワケでも鼻にかけるわけでもない。
ただ、以前なら本とCDと映画、それにまつわる知識だけがあればいいじゃん、と思っていたのに、そうでなくなったことが面白い。趣向は人それぞれだ。たとえばお酒にしてもそうなんだけれど、大人になったらそれなりに嗜んでそれなりの知識をあれこれ洒脱に使いこなすようになるなどとは予想していない。車には乗らない、煙草は吸わない、映画は観る、お酒は飲む、といった選択肢がいろいろあって、その組み合わせの総体としての自分を思うとちょっと面白い。何かと自分をレッテリングする作業は楽しい。車好きで煙草は吸い、映画は観ないでパチンコに行き、競馬やキャバクラが好き、という人生を歩んだってよかった筈なのだ。この先、突然車に凝り出す可能性も、風俗にはまるという可能性もなくはないわけだが。
30歳を過ぎて突然、服に興味が出てきた。そのことを思うとまだまだ自分が変わる可能性もあると思う。嗜好が変わることもあるとおもう。そうなればそれはそれで、新たな知識を有し、いまは知らない地平に愉しみを見出すようになるだろう。
スーツである。
今年、出来れば一年越しでINEDサマのスーツを手に入れたいと思っていた。おお、今年はバーゲンにスーツが掛かっている。
その日、僕は古くからの友人と会う予定になっていた。映画が好きで服になんか興味ない、という彼に「スーツ買いたいんだけど、つきあってくれる?」とメールで打診していた。興味ない、と一蹴されれば待ち合わせの前に店に行くつもりをしていたんだが、気安にOKしてくれたので、二人で見にいく。
いくつかショップをそれまでにも覗き、他のブランドも見て(それらを購入する気は今年はなかったのだが)、目当ての店に。店員のお姉さんとあれこれ喋っている間、友人はふらりとネクタイを見にいっていたらしい。買う気はないと思うのだが、別の店員さんにつかまりずいぶん喋っている様子。僕は僕で、何着か袖を通させて貰う。頭のなかの予算から見て、おお、ちょうどいいな、と思うのが一着。それとは別に、こちらはかなり足が出るのだが、むむ、…と思うスーツが一着。実はそれは憧れのスリーピースで、シルエットはかなりよい。鏡の前で着てみる。おお、いいなー。
でも、ちょっと柄が大きい。
「これって結構、はっきりしたデザインですよねぇ」
と僕。
「そうですねー。でもバーゲン時期なんでアリかも」
と彼女。まあ、そうだが。初スリーピースでなければ、もうちょっと柄が目立つのでなければ、後のことは後のこととして買ってたかも。まるで銀色夏生の「キミのことを嫌いになろうとして、その理由を考えた。考えれば考えるだけキミのことが好きだったのだと気づいた」という詩みたいに、僕はそのちょっと予算より高い値段のスリーピースについて、買わない理由を考える。結局は、そのいいなと思った普通のスーツの方を頭のなかで引き立てる感じでそっちを選んだ。
鏡の前で着たとき、丈も袖もぴったりだったのだ。
「うちのスーツって袖が長いんで、上着の袖も直されることが多いんですよ」
といいながら、彼女は僕のそれを測り、「ぴったりですねぇ」とやや驚いたふうにいう。悪い気分ではない。どうやら僕は腕も長いらしい。
いくつかのショップでナローラペルのスーツを見た。
「これって昨年の流行じゃなかったの?」
と訊ねると、「いや、もう定番になりつつありますねぇ」との返事。しかも今年は2つ釦復権なんだとか。
もう店のお兄さんのいうことなんか信用しない。いまこのときのことしか、彼らは眼中にないらしい。まあ、そういうものだと思うが。気分よくお買い物させてくれたらそれでいいや。
買い物につきあってくれた友人が、「お前って腕が長いのな」と改まった口調でいったのが可笑しかった。
とショップの兄さんが訊ねてくる。
ストライプが、とか、色の感じはちょっとブルーないしは緑っぽいグレイがいいんだとか、釦は3つが主流なのか、とかいった会話を交わす。
「主流と流行は違いますんでね」
といったアドバイザーがいた。
「細い襟は流行です、これはいつか廃れます。これくらいの普通の襟は主流ですわ、これは廃れることはない」
細いこういった襟をナローラペルっていうんですけど、と彼。
「え? ナロー、…」
「ナローラペル」
ああ、そういうんだ。
というのはジャスト一年前のこと。ほぉ、なるほどね。
今年もバーゲン時期到来。
昨年、その会話を交わしたのはいまだからいえるがINEDだった。とても素敵なスーツがあって(それはナローラペルにあらず)、けれどもそれはバーゲンにかかることなくお見送り。でもその年、ckのスーツを適当な値段で手に入れることが出来たのだった。でへへ。もうひとつ、さるブランドのスーツも購入。その2枚はいまも愛用中。
今年のバーゲンシーズンは何も買わない、買うとすればスーツを一着だけ、というつもりでいた。始まって間のない休日、タブロイドニュースでとびきりイカしたジーンズを見かけたが振り切った。振り切って数日の間は頭のなかから消えなかったがそれでもどうにか、……。ココロのなかで実はまだくすぶってはいるのだが。
数年前にはそういったブランドも着飾ることも自分には無縁の世界だと思っていた。ファッションにこだわるには資格がいる。それには条件がある、と思っていた。実はいまでも思っている。それは二つ。
ひとつは、服負けしない顔であること。
もうひとつは、服負けしない顔ではないが、それでも頓着しないナルシストぶりを発揮出来ること。
後者は、街で見掛ける、不細工だが圧倒的に服装、髪型、身だしなみがイケてて、「あんたの顔で、…」とこちらにいう隙を与えない、徹底して他人なんか関係ないぜっ、という空気を身に纏いそれを完璧なイメージにまで仕上げている人のこと。いるでしょ。ああ、成りきるだけの根性? パワーがなければ駄目だ、と思っているのだ。マジで。
残念なことに僕はそのどちらにも当てはまらないのだが。
ブランドにこだわるようになったそのきっかけを、自分では知っている。
ショーウィンドゥに飾られていたポール・スミスの時計に一目惚れしたのだ。それから。スミスの時計からポール・スミスを知り、しばらくはスミスだけ、もちろんそうおいそれと手の出るブランドではなく、なんかいきなり恋した相手が高嶺の花だったという定番の学園ラブコメみたいな出だし。それからしばらくしてちょっと軽薄で不良っぽいキャサリン・ハムネットにはまる。これもなんか定番の気がする。微妙なこだわりはあって、トルネードマートでは駄目なのだ(笑) なんか似てない?
別に気取るワケでも鼻にかけるわけでもない。
ただ、以前なら本とCDと映画、それにまつわる知識だけがあればいいじゃん、と思っていたのに、そうでなくなったことが面白い。趣向は人それぞれだ。たとえばお酒にしてもそうなんだけれど、大人になったらそれなりに嗜んでそれなりの知識をあれこれ洒脱に使いこなすようになるなどとは予想していない。車には乗らない、煙草は吸わない、映画は観る、お酒は飲む、といった選択肢がいろいろあって、その組み合わせの総体としての自分を思うとちょっと面白い。何かと自分をレッテリングする作業は楽しい。車好きで煙草は吸い、映画は観ないでパチンコに行き、競馬やキャバクラが好き、という人生を歩んだってよかった筈なのだ。この先、突然車に凝り出す可能性も、風俗にはまるという可能性もなくはないわけだが。
30歳を過ぎて突然、服に興味が出てきた。そのことを思うとまだまだ自分が変わる可能性もあると思う。嗜好が変わることもあるとおもう。そうなればそれはそれで、新たな知識を有し、いまは知らない地平に愉しみを見出すようになるだろう。
スーツである。
今年、出来れば一年越しでINEDサマのスーツを手に入れたいと思っていた。おお、今年はバーゲンにスーツが掛かっている。
その日、僕は古くからの友人と会う予定になっていた。映画が好きで服になんか興味ない、という彼に「スーツ買いたいんだけど、つきあってくれる?」とメールで打診していた。興味ない、と一蹴されれば待ち合わせの前に店に行くつもりをしていたんだが、気安にOKしてくれたので、二人で見にいく。
いくつかショップをそれまでにも覗き、他のブランドも見て(それらを購入する気は今年はなかったのだが)、目当ての店に。店員のお姉さんとあれこれ喋っている間、友人はふらりとネクタイを見にいっていたらしい。買う気はないと思うのだが、別の店員さんにつかまりずいぶん喋っている様子。僕は僕で、何着か袖を通させて貰う。頭のなかの予算から見て、おお、ちょうどいいな、と思うのが一着。それとは別に、こちらはかなり足が出るのだが、むむ、…と思うスーツが一着。実はそれは憧れのスリーピースで、シルエットはかなりよい。鏡の前で着てみる。おお、いいなー。
でも、ちょっと柄が大きい。
「これって結構、はっきりしたデザインですよねぇ」
と僕。
「そうですねー。でもバーゲン時期なんでアリかも」
と彼女。まあ、そうだが。初スリーピースでなければ、もうちょっと柄が目立つのでなければ、後のことは後のこととして買ってたかも。まるで銀色夏生の「キミのことを嫌いになろうとして、その理由を考えた。考えれば考えるだけキミのことが好きだったのだと気づいた」という詩みたいに、僕はそのちょっと予算より高い値段のスリーピースについて、買わない理由を考える。結局は、そのいいなと思った普通のスーツの方を頭のなかで引き立てる感じでそっちを選んだ。
鏡の前で着たとき、丈も袖もぴったりだったのだ。
「うちのスーツって袖が長いんで、上着の袖も直されることが多いんですよ」
といいながら、彼女は僕のそれを測り、「ぴったりですねぇ」とやや驚いたふうにいう。悪い気分ではない。どうやら僕は腕も長いらしい。
いくつかのショップでナローラペルのスーツを見た。
「これって昨年の流行じゃなかったの?」
と訊ねると、「いや、もう定番になりつつありますねぇ」との返事。しかも今年は2つ釦復権なんだとか。
もう店のお兄さんのいうことなんか信用しない。いまこのときのことしか、彼らは眼中にないらしい。まあ、そういうものだと思うが。気分よくお買い物させてくれたらそれでいいや。
買い物につきあってくれた友人が、「お前って腕が長いのな」と改まった口調でいったのが可笑しかった。
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